沿革

30年の歩み

昭和37年頃、埋め立て工事中の心斎橋下。
心斎橋のアーチの石は50cm各で整然と
目地を揃え、まったく歪みがない精巧さで、
壊すのが惜しいという声もあった。
(春木洋次氏 高校時代に撮影)

1981昭和56年

●9月

8名の発起人によって結成準備室スタート。事務局をそごう本社渉外室に置き、有志を募る。

1982昭和57年

●2月27日

第一回設立総会を開催。初代理事長に木村治愛氏就任。顧問の作家・小松左京先生を迎え、会員33名でスタート。長堀のビジョンづくりに取り組む。

1983昭和58年

●4月

都市設計専門の藤田邦昭先生がまちづくりビジョン『NAGAHORI-HALL21』を完成させる。この内容は、地下に地下鉄、自動車道、駐車場、地下街をつくり、地上を公園にし、野外音楽堂、噴水、ポケットスクエアを配するスケールの大きな都市再開発案であった。これを、大阪を世界の国際都市へ誘導する試みとして、市長をはじめ各方面への提言活動を開始。

●10月2日

第1回長堀カーニバルを開催、『ナガホリ ステージ・イン・OSAKA』を宣言した。カーニバルは、1992年まで10回開催。動員数10万人を超える長堀の名物行事となった

第1回長堀カーニバル

1984昭和59年

●1月

「長堀通大改造(案)」をサンケイ新聞に発表。その後大阪市長室に提案。

●4月

木下三郎氏第2代理事長に就任。

1985昭和60年

●8月23日

読売テレビ「愛は地球を救う」長堀チャリティバサール開催。以降1991年まで7回開催

●10月5日

毎月の清掃活動が大阪市環境事務局長より表彰される。

1986昭和61年

●1月

新築予定の出光ビル内に出光美術館を併設について、大阪市長と連盟で噴願書を提出。

1987昭和62年

●6月

第4回街づくり功労賞で知事表彰を受ける。

1988昭和63年

●4月

長堀通りの街路樹が当会の提案通り柳からヤマモモの木に植えかえられた。
出光美術館の設置が発表された。

1989平成元年

●2月

心斎橋南詰め(元ソニータワー前)にガス燈設置を大阪ガスに要望書提出。

●6月

心斎橋(陸橋)をモニュメントとして残す具体案を大阪市に提出。

●10月

‘89長堀カーニバルで当会のテーマソング「長堀大通り」を発表。歌手・倉田弥生

倉田弥生

1990平成2年

●4月

春木洋次氏第3代理事長就任

1991平成3年

●1月〜4月

新年互礼会で『長堀・心斎橋都市再開発提言書案』(建築家・浅井謙氏がパースを作成)を公開し、市や関係各方面に実現化を要請した。これは、当時の計画局長の理解を得、地元沿道企業にも受け入れられたが、車道を地下に通し、地上を遊歩道にする長堀大通公園計画というスケールであったため、実現には至らなかった。

長堀・心斎橋都市再開発提言書案

1992平成4年

●5月

地下鉄工事(長堀鶴見緑地線・長堀〜心斎橋)着工。
大阪市の地上景観整備案発表。これ以降歩道幅の拡幅を要望し、建設局と頻繁に話し合いを持つ。

1993平成5年

●1月

10周年記念誌発行。

1994平成6年

●3月

成松孝氏第4代理事長に就任。以降2008年3月まで7期14年続投。

●7月

「長堀大通改造整備計画−地上景観」の提言書とパース模型(NTT西日本中央営業所の協力で制作)を建設局に提出し、市と交渉した。

1996平成8年

●1月

長堀のランドマークとして「大阪文楽人形からくり時計」の設置を市に提案。

●9月

美化清掃活動で大阪市長賞を受賞。
シャネルオープン。

●12月11日

長堀鶴見緑地線の心斎橋−京橋間開通。

1997平成9年

●10月

長堀通りの街路樹が当会提案の「ナンキンハゼ」に決まる。
この年度より世界のトップブランドが当エリアで次々とオープン。

1998平成10年

●6月18日

『まちづくり事業関係優良団体』として建設大臣賞を受賞。

●8月

長堀通り道路工事完了。

●10月10日

第1回トップブランド会議開催。隔月開催が決まる。
よってこ除幕式。長堀通景観整備工事竣工記念パーティ。

長堀シンボルロード記念碑

●11月2日

大阪市一斉清掃「OSAKAクリンピック’98」に当会から140名が参加。
毎年の参加を決める。

1999平成11年

●9月21日

『迷惑駐車・駐輪・不法看板をやめようキャンペーン』を中央警察・区役所・クリスタ長堀と合同で実施。

●11月22日〜12月5日

第1回『クリスマス・ショーウィンドーフェスティバル』開催。

クリスマス・ショーウィンドーフェスティバル

2000平成12年

●10月

長堀・心斎橋『おしゃれな大人の散歩まち−街づくり憲章』を提案。

●11月23日〜12月6日

第2回「ショーウィンドーフェスティバル’00」開催。

●12月1日

長堀通が広告物景観形式もモデル地区に指定される。

2001平成13年

●7月

NPO法人の承認を受ける。

●10月21日

御堂筋シンポジウム『御堂筋の活性化を探る』に協力団体として参画。

●12月

NPO法人格取得

●12月3日〜21日

第3回「ショーウィンドーフェスティバル’01」開催。

2002平成14年

●1月18日

国交省、大阪市と共に「市民フォーラム街づくりと自転車の役割」を開催。

●5月

「長堀・心斎橋集客特区構想」を内閣官房・都市再生本部に提出。

●12月

「第1回クリスマスハーモニーin Nagahori」開催。以降12月のクリスマスイベントとして2005年まで4回島之内協会でゴスペルコンサートを実施。

第1回クリスマスハーモニーin Nagahori

2003平成15年

●2月

「長堀・心斎橋集客特区構想」を「長堀・心斎橋・南船場街づくり提言書」(A4版100ページ)として発表

●9月

「長堀・心斎橋集客特区構想」が全国都市再生モデル調査対象に選ばれる。

●11月23日

御堂筋で初のホコ天「御堂筋オープンフェスタ」開催。

御堂筋オープンフェスタ

2004平成16年

●2月

「長堀・船場・心斎橋公開シンポジウム−おしゃれな大人の散歩まちを考える」を開催

●10月1日〜17日

「アジアン・アートフェスティバル」と「太閤船場茶会」を開催。最終日は御堂筋オープンフェスタ。

太閤船場茶会

2005平成17年

●8月

大阪市建設局と共同で『放置自転車対策アンケート調査』実施。
国土交通省より清掃活動に対して功労賞受賞。

●9月

地域市民団体と共に御堂筋シンポジウム「ふみだそう 世界の御堂筋へ」開催。御堂筋から地域や大阪の活性化を進めるため「御堂筋“みち”の再生計画」を提案。以降3回修正。

御堂筋みちの再生計画

2006平成18年

●7月

芦池小学校跡地活用委員会で『まちづくりフォーラム−駐輪対策』開催。

●10月

国交省の御堂筋自転車対策社会実験に参画。

●12月20日

クリスマスコンサートは、この年より2009年まで、会場が島之内協会からそごう劇場に移る。

2007平成19年

●4月

「長堀・心斎橋・南船場のまちづくり提言書」の再発信。

●5月

御堂筋オープンフェスタはこの年から母の日の恒例イベントになった。

●9月

「長堀通り自転車対策実証実験」を実施(〜2008年3月)

●12月20日

この年からクリスマスコンサートは『まちのみんなでつくる大きな家族のクリスマスコンサート』を大テーマにして開催。

2008平成20年

●4月

吉田正雄氏、第5代理事長に就任。

●10月

御堂筋・長堀ブランドショップ懇親会開催(カッシーナ・イクスシーにて)

●4月

心斎橋石橋完成100周年記念事業に協賛。

2009平成21年

●3月

自転車問題シンポジウムを開催。

2010平成22年

●7月

(株)大丸が、2011年5月をもって事務局返上を決定。

●10月

27年継続した清掃活動に対し、近畿整備局長賞を受賞。

●12月1日

クリスマスイベント『まちのみんなでつくる大きな家族のクリスマスコンサート』は、この年から大丸劇場(元のそごう劇場)での開催となる。

2011平成23年

●3月11日

東日本大震災発生。このとき以降、義援金集めに協力。

●5月13日

事務局が(株)大丸から市川ビル3階に移転。事務局長は藤本洋一さんからソーエー(株)荒尾利子さんに交代。

2012平成24年

●2月

大阪商工会議所佐藤茂雄会頭と「大阪の再生」をテーマに座談会開催。

●4月

成松孝氏、第6代理事長に再登板就任。

●5月13日

この年より「御堂筋オープンフェスタ」は「御堂筋フェスタ」と改名され開催。

●6月

大阪市建設局長に「御堂筋「みち」の再生計画」修正版を提言。

●9月

30年記念誌発行。
「大阪・都心再生『長堀・心斎橋・南船場における観光=集客』」提言書を新たに作成し、10月に大阪市企画室長、中央区長に提出提案。